ユーザー調査の目的・手法・進め方:マーケティングリサーチとの違いと活用のポイント

目次

はじめに

プロダクトや施策の精度を上げるために、ユーザー理解の重要性がますます高まっています。本稿では、ユーザー調査の意義から手法選定、現場での進め方、失敗を避けるコツ、そして調査結果を改善に結びつける方法まで、実務レベルの粒度で整理しました。自社で内製するときにも、外部のマーケティング会社へ依頼するときにも使える「型」と「判断基準」を示しています。

ユーザー調査とマーケティングリサーチの基本

ユーザー調査の意味と役割

ユーザー調査は、ユーザーの実際の行動や体験、それを取り巻く文脈を把握して、意思決定や設計に必要な洞察(インサイト)を引き出す活動です。プロダクトやサービス、Webサイトに触れる場面に入り込み、「なぜその行動を取るのか」を具体的に明らかにします。結果は、ペルソナやジョブ、UI改善案、優先課題など、実作業に直結する形でアウトプットされます。

項目ユーザー調査の特徴
主な焦点個々のユーザーの行動・心理・体験(ジャーニー、課題、阻害要因)
代表的アウトプットペルソナ/ジョブ、改善仮説、UI/UX要件、訴求ポイント、課題優先度
よく使う手法行動観察、コンテキスト調査、ユーザビリティ評価、インタビュー、アナリティクス
活用フェーズ企画初期の探索、デザインやコピー開発、改善サイクルの検証

マーケティングリサーチの考え方と利点

マーケティングリサーチは、マーケティング活動全体でより良い意思決定をするための調査です。市場や競合、顧客の反応を捉えて仮説を検証し、リスクを下げる役割を担います。企業側にはデータに基づく投資判断の精度向上や施策の学習スピード向上、生活者側にはニーズに合った商品や情報との出会い、心理的障壁の軽減といった価値をもたらします。

失敗リスクを抑える具体例としては、アイデア段階でのコンセプトテスト、ローンチ前のプロトタイプ評価、ローンチ後のA/Bテストやログ解析による運用改善が挙げられます。これらはそれぞれ不適合リスクやUIの見落とし、運用最適化の課題を早期に発見してくれます。

企業と生活者の双方に生まれる価値

  • 企業側の価値:客観データに基づく意思決定、投資配分の精度向上、改善の高速化
  • 生活者側の価値:ニーズに合った商品や情報、誤解の解消と心理的ハードルの低減

市場調査とのちがいを整理する

マーケットリサーチ(市場調査)・マーケティングリサーチ・ユーザー調査は重なる部分もありますが、焦点や使用するデータ、典型的な手法に違いがあります。

観点市場調査(マーケットリサーチ)マーケティングリサーチユーザー調査
主眼過去〜現在の市場・競合実態施策全体の意思決定(未来含む)個々の行動・体験の理解
対象市場規模/構造、トレンド商品/価格/流通/広告/ブランドユーザーの文脈・動線・心理
データ量的(統計や二次データ中心)量的+質的質的+行動ログ+少量の量的
代表手法公的統計、店頭調査、CLT大規模アンケート、モニター、実験行動観察、インタビュー、可用性評価
使いどころ機会領域の把握、事業性評価企画検証、広告/価格/流通最適化体験改善、訴求の磨き込み、阻害要因の除去

リサーチのタイプを理解する

リサーチは大きく定量(Quant)と定性(Qual)に分かれ、目的や使いどころ、サンプル規模が異なります。混同せず、目的に応じた手法を選ぶことが重要です。

タイプ目的サンプル規模代表手法アウトプット適した場面
定量(Quant)仮説の検証・傾向把握多い(数百〜)アンケ、Webパネル、CLT、A/B、ログ解析割合・分布・有意差意識/実態の把握、施策効果検証
定性(Qual)気づき創出・理由の理解少ない(5〜30)個別深掘り、行動観察、コンテキスト調査物語・パターン・メカニズムニーズ探索、UI/訴求の磨き込み

注:上記のサンプル規模はあくまで目安です。許容誤差や信頼水準、検出したい効果の大きさ、セグメント数によって必要数は変わります。定量は事前にサンプルサイズ(検出力)を設計しましょう。

ユーザー調査の目的を明確にする

潜在ニーズや要望の掘り起こし

ユーザー自身が言葉にしていない違和感や不安、回避行動は観察から見つかります。未充足のジョブ(Job To Be Done)や代替行動、ユーザーの“ハック(工夫)”を手掛かりに、新しい機能やコンテンツのアイデアを生み出せます。観察は、言葉だけでは見えない微妙な脈絡を教えてくれます。

立てた仮説の検証と見直し

作った訴求や導線、UI改善案は、プロトタイプやA/Bテストで実際の行動につながるかを検証します。KPI(CVR、CTR、離脱率、滞在時間、NPS/CSATなど)に結びつけることで、意思決定が感覚ではなくデータに基づいて行えます。

主な調査手法

量的に把握する方法

量的手法は傾向把握や効果測定に向きます。下表は代表的な手法と用途感です。

手法概要主な用途サンプル目安コスト/期間の目安強み
アンケート調査構造化質問で回答収集認知/満足/仮説検証200〜1,000+数十万〜 数週間比較・傾向把握が可能
Webパネル登録モニターに配信ターゲットを絞った迅速回収300〜5,000低〜中/短期早く安価
会場テスト(CLT)集めて一斉評価味覚/外観/UXの比較50〜300中〜高/短期統一条件で比較可
店頭ヒアリング実店舗での声かけ実購買に近い検証50〜200中/中期現実の選択に近い
戸別訪問自宅でアンケ/実査家庭文脈把握30〜200高/中期生活実態に即す
モニター調査(HUT)自宅使用で評価実使用感の把握20〜200中/中期実態に近い評価
店頭限定販売テスト実市場での反応検証販売実績次第高/中〜長期高精度な検証実施時期・エリアの調整が必要
テキストマイニング口コミや自由記述解析ニーズ/不満の抽出数千〜数百万件低〜中/短期大量テキストを可視化
アクセス解析(アナリティクス)行動ログ分析離脱/回遊/CV分析全量低/継続実行動ベース
A/Bテスト2案比較で効果測定コピー/UI/導線の判断トラフィック次第低〜中/短期因果検証が可能

質的に深掘りする方法

質的手法は、ユーザーの「なぜ」に迫るために有効です。現場での文脈を理解し、設計に反映できる具体的な示唆を出します。

手法概要主な用途サンプル目安コスト/期間の目安強み
個別インタビュー1対1で深掘り動機/価値観/解釈の理解5〜20中/短期深い洞察が得られる
グループインタビュー4〜8名で討議多様な意見の創発2〜4グループ中/短期相互刺激で発想拡張
文脈観察(コンテキスト調査)利用環境で観察+聴取実運用や制約把握5〜15中〜高/中期リアルな文脈が得られる
行動観察・ユーザビリティ評価タスク遂行を観察UI/導線の課題特定5〜10中/短期課題の顕在化が速い

実務では、まず少人数(例:5名前後)で行動観察を実施して主要課題を洗い出し、必要に応じて定量で規模を測る流れがよく使われます(Nielsen Norman Groupなどの知見も参考に)。なお、5名はあくまで経験則で、ユーザー層が多様(複数セグメント)な場合や稀な事象を検出したい場合は、参加者数を増やして検証します。

成果につながる3つの着眼点

なぜその行動をとるのかを捉える

行動の背景を構造化するには、「きっかけ」「見落とし」「誤解」「不安」「面倒さ」といった要素を切り分けると整理しやすいです。観察→仮説→当人確認(プロービング)のサイクルで、本質的な理由を突き止めます。

ユーザーに刺さる訴求ポイントを見極める

検索や比較という行動をそのまま観察し、クリックを促す言葉やタグ、スニペットといった「クリックトリガー」を特定します。訴求は抽象的な価値から具体的ベネフィット、そしてそれを裏付ける証拠という階層で整理し、面として最適化していくのが有効です。

改善アイデアの妥当性を裏づける

ワイヤーやモック、コピー案の段階でユーザーテストを行い、改善案が期待通りの行動につながるかを検証します。テスト前に「期待行動の定義」と「成功判定基準(タスク成功率、所要時間、主観負荷、NPSなど)」を決めておくと判断がぶれません。簡単な静的スライドやPowerPointのモックでも、注視ポイントやクリック想定の確認には十分使えます。

参考:問い→データ→手法の対応例

確かめたいこと必要なデータ推奨手法
どの訴求が刺さるかクリック/選好/想起行動観察、A/B、アンケートの選好実験
なぜ離脱したのか行動の瞬間/発話/画面録画ユーザビリティ評価、セッションリプレイ
コンテンツは信頼されるか信頼根拠の受け止めインタビュー、概念テスト

調査の進め方(プロセス)

ステップ目的主なアウトプットチェックポイント
マーケティング課題の抽出調査の「問い」を明確化調査目的/意思決定の想定調べても意思決定が変わらない問いは除外
リサーチ実施の可否判断調査すべきかの切り分け調査可否マトリクス二次データで代替できないか、倫理的配慮はあるか
仮説の構築観測可能な仮説に落とす仮説一覧/検証条件/KPI抽象語を「いつ/どこで/誰が/何を/なぜ」に分解
調査企画の立案5W2Hで計画設計企画書/スケジュール/見積内製か外注か、役割分担を明確に
調査設計と調査票の作成バイアスを下げる設計スクリーナー/調査票/タスクリストパイロットで所要時間と理解度を確認
モニターのリクルーティング適切な対象を確保スクリーニング条件/募集文/謝礼謝礼目当ての不適合者を排除
実査の運用品質を担保した実行台本/記録方法/同意取得実環境に近い状況設定、録画・ログの整備
集計・分析とレポーティング意思決定に結びつけるサマリー/示唆/推奨アクションデータ→洞察→提案→インパクト予測の順で整理

よくない企画の例 / 望ましい企画の例

要素よくない例望ましい例
目的「サイトがなぜ売れないか知りたい」「料金・エリア情報の提示方法でCVRが改善するかを判定」
対象なんとなく買いそうな人「直近1か月に同類サービスを比較した人」
手法取りあえずインタビュー行動観察+プロトタイプ検証+アナリティクス照合
指標所感中心タスク成功率/所要時間/クリック率/CVR/NPS
期間/費用あいまい例:10営業日/80万円(外部と分担)

調査設計と調査票の作成

質問は「一問一義」「誘導しない」「具体語で聞く」を基本にします。スケールは5〜7段階で中立を明確にし、自由記述で理由を補足させると理解が深まります。用途に応じて5点と7点を使い分け、同一調査内でスケールを混在させないようにし、各選択肢のアンカー(説明文)を揃えます。タスクは現実的なゴールに設定し、成功条件をあらかじめ定めます。必ず2〜3名でパイロットを行い、所要時間や設問の理解度、録画品質を確認してください。

設問書き方の工夫例:
主語を明確にすることで解釈のズレを防げます(例:「どのくらいの頻度でお菓子を食べますか?」→「あなたはどのくらいの頻度でお菓子を食べますか?」)。

対象者(モニター)のリクルーティング

リクルートのルートごとの特徴と目安謝礼は下記の通りです。

ルートメリットデメリット目安謝礼
既存顧客/サイト訪問者実利用文脈が近いサンプル偏り5,000〜10,000円/60分
パネル会社迅速・属性制御が可能深い文脈は弱い同上+手数料
知人紹介手軽同質性の偏り謝礼またはギフト

スクリーニングにはダミー選択肢や注意力チェックを入れて不誠実回答を排除します。評価調査は既存ユーザー中心、ニーズ探索は想定ターゲットに絞るなど、目的に応じた切り分けが大切です。行動観察やユーザビリティはまず5名前後から始めるのが実務的ですが、セグメントが複数に分かれる場合や発生頻度の低い課題を捉えたい場合は参加者数を増やしてください。なお、一般的な消費者対象の60分テストでは6,000〜8,000円程度が目安で、専門職や希少ターゲットでは謝礼を増額するのが通例です(募集ルートや難易度によって変動します)。

実査の運用

事前ヒアリングで参加者の経験や比較対象、普段の利用状況、デバイスを把握します。行動タスクは具体的な状況設定(例:「親の入居先を今週末までに探す」)を与え、調査員は最小限に介入して要所でプロービングします。現場観察→行動確認→理由深掘り→代替行動の探索という順で進めると文脈理解が深まります。振り返りインタビューでは印象に残った点や離脱の決め手、信頼の根拠などを深掘りし、プロトタイプ提示で理解度や期待行動の一致を確認します。プロトタイプは紙や画像、PowerPointでも有効です。

結果の集計・分析とレポーティング

定量は単純集計やクロス集計、差の検定、場合によっては多変量解析を用います。定性はテーマ別コーディングやKJ法、ジャーニーマップ化で示唆を抽出します。優先度付けは影響度×実行容易性のマトリクスで行い、実行計画には「誰が・いつ・何を・どの指標で成功とするか」を明記しておきます。

実施時の留意点

発言よりも行動に注目する

人は言葉と行動が一致しないことが多いので、実際のクリックやスクロール、迷いの瞬間を記録して後で理由を聞くのが有効です。座談会での逸話にあるように、言われた好みと実際の選択が異なるケースはよくあります。

実環境に近い状況を設定して観察する

検索の起点や到達ページ、利用デバイス、時間や予算などの制約を再現すると、現実に近い行動が出ます。同じECサイトでも「日用品を買うとき」と「ギフトを探すとき」では前提が異なるため、タスク設定で起点を正しく示すことが重要です。

謝礼目的で参加する不適合者を避ける

ダミー項目や注意力チェック、比較時に見たサイト名の確認などを導入し、形式的な参加を排除します。具体的な体験の有無を確認する設問を用意すると良いでしょう。

定性と定量を組み合わせて補完する

定性で理由を掘り、定量でその規模や再現性を測る。観察とログ解析、A/Bテストを往復させることで仮説の信頼度を高めます。

調査結果の活用と改善サイクル

施策への落とし込み(サイトやプロダクト)

調査で得た示唆は情報設計やUI、コンテンツに具体的に反映します。第一ビューには主要な比較軸(料金・エリア・根拠・CTA)を置き、検索→比較→申込といったタスク成功に直結する導線の摩擦を取り除きます。コンテンツはユーザーの不安(費用・人員・解約・口コミ)を先回りして解消する構成にしましょう。

メッセージの検証と最適化

訴求は「価値→ベネフィット→証拠」という階層で整理し、最小変更のA/Bを継続して行います。セグメント別(初訪・比較中・再訪)でコピーを出し分けると効果が高まります。A/Bはランダム化と前提条件が整えば因果効果を推定できますが、途中の抜き見や多重比較、サンプル比の偏り(SRM)などの落とし穴に注意し、事前の停止基準と分析計画を定めましょう。

解析データと突き合わせて学びを更新する

観察で立てた仮説をログで事実確認し、差分があれば追加観察を行います。KPIツリーとダッシュボードを用意して2〜4週ごとの改善スプリントを回すと、学習が早まります。

おわりに

ユーザー調査は単なる「声集め」に留まらず、行動と文脈を起点に意思決定を変えるための仕組みです。市場調査やマーケティングリサーチと役割を分けつつ、定性×定量、観察×実験、仮説×検証を往復して学習サイクルを回しましょう。社内で始めるなら「行動観察5名程度+アナリティクスの突合せ」から小さく着手するのがおすすめです。外部に依頼する場合は、問いの明確さ(調査で意思決定が変わるか)、実査の品質(状況設定・録画・スクリーニング)、そして実行計画まで伴走できるかを基準に選ぶと投資対効果が高くなります。ユーザーの「なぜ」を押さえて、確実に成果につなげていきましょう。

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